Baobab Earthについて

バオバブとの出会い

バオバブの巨木が群生する道 我々は、長年にわたり、原料商社として、ペルー、ボリビア、ブラジル、エジプトなどを訪ね、未開の食品、化粧品原料を発掘してまいりました。時には、標高4000メートルを超える赤茶けたアンデスの地で、また、あるときは、アマゾンの密林で、さまざまな植物に出遭ってきました。地方の小さい村で、昔から伝承されてきた、万能薬としての植物をいくつも見てきました。折角巡り会えても、日本に輸入できるものはほんの一握りにすぎません。
また、日本の安全基準を満たすように、現地の製造工程を根本から見直し改善を重ね商品化にこぎつけるためには、数年かかることも、時には、断念せざる得ないことも度々あります。

本業以外にも、日本貿易振興協会(JETRO)の専門家として活動し、南米やアフリカの植物を展示会などで紹介させていただいたこともあります。

そんな海外発掘活動の中、2009年、我々は西アフリカでバオバブの木に出遭いました。
バオバブは、、フランス人の飛行士・小説家であるアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの小説である「星の王子さま」を子供の頃読んで、名前は知っていましたが、実際に見たその木は、驚きの連続でした。


バオバブの森

水辺のバオバブの巨木 まず、その大きさです。樹齢4000年を超えるともいわれるその木が密集した様は、
まさに「地球を覆いつくすかのごとく」、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの表現がふさわしい圧巻の風景でした。
次に形。上下さかさまの木(アップサイドダウン・ツリー)として、根が空に広がっていることで有名ですが、
2つの幹が絡み合った木や、高さ2m位から、ほぼ垂直に横に数m幹を伸ばした木などさまざまです。
また、朝、日が昇るときのバオバブ、夕方日が沈むときのバオバブ、夜のバオバブと顔をどんどんと変えていく様も、
世界中のカメラマンを魅了する要因なのかもしれないな、と感動しました。

バオバブと花の群生夕暮れに映えるバオバブ群生のシルエット


人々への大地の恵み

バオバブの花枝に成ったバオバブの実バオバブの実を割ったところ

バオバブは見ていてキレイなだけな木ではありません。
バオバブは、ステップ気候に生息する植物です。つまり、雨季と乾季(まったく雨が降らない)があり、乾季の間は、内部に貯めてある水分を利用しながら生きるのです。植物にとって過酷な気候であるが故、他に大きく成長している木々はほとんどありません。
バオバブの生命力は本当にすごい、の一言です。

その神秘性のためか、バオバブは、古来より人々の生活を守ってきた木として崇められています。
お祭りごとがあるときは、木の周りに人々が集まり、シャーマンが祈りを捧げます。
もちろん、子供達の日常の遊び場にもなっています。 幹を刳り貫き、バス停の待ち合わせ場所などに利用しているところもあります。

また、人間や動物にとって生活の糧でもあります。地元の人たちは、根や葉や実を食べ物として、時には、薬品として利用します。病院になかなかいけない人たちは、マラリアで熱が出たときなどは、食べて寝て治すよ、といってました。

現地で会ったタクシーの運転手や小学生もペットボトルに入れたバオバブを水に溶かしたドリンクを持ち歩いており、
毎日栄養補給に飲んでるよ、と見せてくれました。
栄養が高い食物があまり手にはいらないため、バオバブは貴重な栄養源になっています。

カフェでも、メニューにバオバブドリンクがあります。また、バオバブとハイビスカスを混ぜて飲むメニューもあり、
日本人の口にもあう、さっぱりした味です。

また、オイルは、女性達が昔から全身や髪に利用しているようです。
このように、太古から、人とバオバブは切ってもきれない深い関係を築いてきました。


先進国への広がり

バオバブの認知が広がりはじめたきっかけは、ノベルフードという、EUが1997年に制定した制度で、
食品添加物 以外の新規の食品に対してその安全性を評価、承認するようになってからです。
その後、イタリア、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカなどで、食品や化粧品としてゆっくりではありますが、
流通してきています。


西アフリカの歴史

バオバブの木とキリンの夕日に浮かぶシルエット 世界史に詳しい人なら、知っているかもしれませんが、かつて、西アフリカでは、伝説的英雄スンジャータ・ケイタ(Sundiata Keita)が、マディンゴ族系のマリンケ族を統一することに成功し、マリ帝国を築きました。サハラを越え北アフリカと岩塩などの交易を、特に金交易により、14世紀には西は大西洋にまで達し最大の繁栄を極めたといわれています。スンジャータは有名なライオンキングと呼ばれた王様で、数々の逸話が残っています。

マリ帝国は、輝く黄金国家として一世を風靡し、数多くの美術品や建築を残しました。
しかし、帝国崩壊後、奴隷狩りやジハードにより、大きな犠牲を払い、挙句の果てにはヨーロッパにより植民地支配を受けることになってしまいます。今日では、西アフリカは世界でも貧しい地域の一つとなっています。

金交易で栄えた今はなき帝国を思うとき、その栄枯盛衰をずっと見守ってきたバオバブが生み出すゴールドオイルに、何とも特別な感情を抱かずにはいられなくなります。


バオバブオイルの作り方

我々は、各村で、バオバブの実を集めます。実はナップ袋につめ、トラックで、いわゆる、でこぼこのアフリカンロード数百キロ走り、加工工場まで運びます。
工場では、受入れ時に品質チェックを行い、合格したものは、果肉と種へ分けていきます。

袋詰めする人々トラックに運ぶ人々山積みのバオバブ

イタリアの風景種はオイルの原料になるため、現地から、船でイタリアまで運搬します。
イタリア工場では、栄養価を損なわず、高品質なオイルを造るために、高温による精製プロセスを一切おこなわず、細心の注意を払い、低温圧搾法で完成したのが、このゴールドオイルです。
その後検査を行い、いよいよ日本に向けて出荷となります。

オイルを製造するマシーンオイルを製造するマシーン


Baobao Earth ブランドの誕生

バオバブを扱う私達にはテーマがあります。
大前提が、環境を傷つけず大切にすることです。アフリカでは、バオバブの伐採が問題になっていますが、人類が古来よりお世話になってきた木に対して、大変心が痛い話です。
もし、現地の人が、この木から毎年なる実を販売すれば、貴重な収入となります。そうすれば、伐採も減るのではないかと考えています。

バオバブの巨木の根元で上をあおぐ女性軒先にバオバブの実る風景ブランドマークとバオバブオイル製品

そして、調べれば調べるほど、このオイルのよさを実感できた私達は、なんとか、この自然の恵みを、人々に知ってもらい、実際に使っていただき、本来の健康的かつ美しい肌を取り戻してもらいたいと考えました。

そのために、このオイルをどのように化粧品にするかを考えました。
まず、折角の自然の栄養を無駄にしないことです。
なるべくそのままのよさを伝えられる製法で商品化しようということになりました。

そして、研究の結果たどり着いたのが、コールドプロセス方法の生石鹸と、100%ピュアな美容オイルです。
ともに、最終工程は国内工場で安全基準を満たすようにしっかりと作りました。
敏感肌の方にも安心してお使いいただけるよう、無添加、無着色、無香料にもこだわりました。

私どもの目指すのは、技術や専門知識を凝縮しながらも、自然のめぐみを最大限に生かし、美しく、すこやかな毎日を送っていただくことです。
ブランド名は、バオバブという木に宿る生命力や世界観を伝えたいという想いから、Baobab Earth としました。

バオバブアースの誕生です。


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